名前さんとの関係を終えて6年、その間一度も連絡を取ったりしていなかったからお互いの様子は一切知らない。


あれからオレは何人かの女の子と付き合ったけど、全然その気にならなくてすぐに別れた。


しかも気付けば付き合っていない歴5年ちょっと。


夢には毎日のようにあの頃の事が出てくる始末。


そのせいで嫌でも名前さんの事をどれだけ好きであったかを自覚してしまった。


柄にも無く、あの時に告白していればと後悔までしている。


そんなオレも、今日から社会人。


過去ばかり振り返らずにこれからの新生活を期待していた、…なのに。


『初めまして。私があなたたちの教育係になるから。よろしくね』


こんな再会って、ほんと…神様って奴がいたならきっと意地悪なんだろう。


この6年、ずっと忘れられなかった名前さんが、オレの教育係なんて。


最後に見たときより短く揃えられた綺麗な髪、薄く化粧の施された顔。


それに、幼さの抜けきった身体。


元々整っていた彼女は更に色気を増していた。


†††


今日は新入社員の歓迎会をするらしく、とある居酒屋を貸し切りにして飲んでいる。


名前さんの周りには、名前さんと仲がいいと思われる女性社員。


以前なら周りにいるのは男の人なはず。


この6年で名前さんも変わったのだろうか。


「リョータくん、隣いい?」


「別にいいっスよ」


名前さんの事を盗み見ていたら同期の女の子に隣に座っていいかと尋ねられた。


特に断ることもないと了承すると、何故か周りに女の子達が集まってきた。


「ねえねえ、リョータくんの好みのタイプは?」


先輩の女社員がオレにそう尋ねて来る。


好みのタイプ…と言われれば特にはない。


「あー、だめだめ。涼太こう見えても堅いから。俺大学こいつと一緒だったけど、浮ついた話しとか聞いたことないし」


何て返事しようかと考えていると、オレより先に答えた大学からの友人の言葉に焦る。


そんなの、下手すりゃ名前さんにばれる。


名前さんは頭がいいから、それだけでばれるかもしれない。


「へえ、そうなんだ。人は見掛けによらないわよね。名前も見た目お色気系だけどお堅いのよ」


くすくすと笑いながらそう話すのは名前さんの隣に座る女の人。


『そうね。でも私、軽い関係ならいつでもオーケーよ』


女の人の言葉に名前さんはそう返事する。


……ああなんだ。


名前さんは全然変わってなんかいなかった。


オレは分からない程度に肩を落とす。


期待しちゃ駄目だ。


名前さんはオレと違って、本気じゃないんだから。


好きになったら…嫌われるんだから。


†††


それでもオレは我慢出来ずに、名前さんを送るという口実を作り名前さんと二人きりになった。


「名前さん、帰って来てたんスね」


『うん。2年前に帰ってきてこの会社に入ったの』


名前さんがアメリカにいた時の話しや、オレの大学生活について話す。


お互いの知らない時間を埋めるように、ひとつずつ。


その間もオレの視線は少し後ろを歩く名前さんだけにいっていて、意識は名前さんに触れたいと、それだけを考えていた。


好きになったら嫌われる、けど、名前さんに触れていたい…。


なら、以前のような関係なら?


「あの、名前さん」


意を決して口を開く。


『なあに、黄瀬くん』


「…オレとまた付き合わないっスか?勿論、身体だけの関係でいいんで。さっきは友達がお堅いとか言ってたけど、別にオレは堅くなってないし、遊んでたりはしてたんで」


へらり、とあの頃みたいな笑顔を作る。


名前さんの顔を伺うように、少し後ろを向くと、名前さんは無表情だった。


『…黄瀬くん、変わったのかなと思ったんだけど、変わらないね。ごめん、私さっきは雰囲気壊したくないからああ言ったけど、好きな人いるから。昔みたいな関係にはなれないよ』


送ってくれてありがとう、最後にそう言って名前さんはオレの顔を見ずに帰った。


何で……。


名前さんには好きな人がいた。


…どんな人だろう。


かっこよくて、大人で、頭も良くて…。


オレの知らない間にオレの知らない好きな人が出来たんだと思うと、奈落の底へ落とされたような気分だ。


†††


「おい、涼太。お前暗過ぎるだろ。何かあったか?」


翌日、オレは職場でうなだれていた。


6年も片想いしていた人に好きな人が出来ていた。


人を好きになれない、と漏らしていた名前さんに好きな人が。


好きな人に好きな人が出来たら喜んで応援するのが大人だろうが、オレはそこまで大人じゃない。


「…好きな人に好きな人がいたらどうするっスか?」


何と無く、そう、何と無くで大学からの友人に聞いてみた。


すると、友人は呆れたような表情をして口を開く。


「付き合ってるわけじゃねぇんだろ?じゃあ告白する。てか、お前は気持ち伝えたのかよ?」


そう言われて考える。


…そういえば、オレは一度だって名前さんに好きだと伝えただろうか。


答えはノーだ。


「……その顔、言ってねぇな?気持ち伝えてもねぇのに、んな顔すんなよ。言う前から諦められるような好きなら諦めるんだな」


「…オレ、告白してくるっス!!」


「え、おまっ、今から!?」


思い起ったら即行動。


オレは今日の仕事が後10分なのを確認すると、友人の制止の言葉を振り切り名前さんを探した。


「名前さんッ!!」


さっきいた所から少し離れた所に名前さんの姿を見付け、声を掛ける。


名前さんは驚いたように振り向くと、その場で立ち止まった。


「昨日はすみませんっス!」


そのままの勢いで頭を下げると、名前さんは更に驚いた顔をして顔を上げるように促して来る。


だけどオレはそんな言葉を敢えて無視して、頭を下げたまま口を開いた。


「前みたいな関係でいいなんて嘘っス…。…ほんとは、名前さんのことが好きで好きでたまらないんス。でも、名前さんオレが好きになったら嫌いになる、し…っ」


そこまで言ったところでふわりと身体が包まれる。


名前さんに抱きしめられているらしい。


今度はオレが驚いて固まっていると、名前さんがオレを抱きしめる力を少しだけ強めた。


『…嫌いになるなんて誰もいってない。あの頃は好きになれる人がいなかっただけ。でも、黄瀬くんは私とは違うと思ってた。本当に好きになったら嫌われるって。だから、良かった。私のこと、好きになってくれて』


そう言って笑う名前さんは、今まで見たどの笑顔よりも綺麗だった。


「好きっス。付き合って下さい」


『―……』


名前さんからの返事はオレ達の口の中で溶けた。




今更君に



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